あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その3

  • 2019.05.13 Monday
  • 15:46

私は、遊びの大切さが理解されているから

 

もう遊びは大切と言わなくて良いと言っているわけではありません。

 

何故遊びの大切さが理解されるようになってきたのか?を考えることが大切です。

 

先日まで

 

武蔵野市のみどりの基本計画の策定委員を務めさせていただきました。

 

そこでの話し。

 

ある委員さんの発言。

 

「みどりの大切さは、大人になってからでは遅すぎる

 

子どもの頃から、緑を知り、親しむことが大切」

 

更には

 

「小学校でそういう授業をやってはどうか」と。

 

他の委員からの反論は無し。

 

つまり、正論なわけです。

 

これが現実です。

 

遊びだけしか見ていないとわからないことですが

 

子どもたちの置かれている状況は大きく変わっています。

 

そこでは

 

「子どもに〇〇を体験させることは大切だ」という大きな流れと

 

更には

 

「それを自主的に考え、行動できること」の大切さが謳われます。

 

勉強だけでなく

 

農業

 

経済

 

社会

 

政治

 

更には

 

会議

 

ディスカッション

 

自ら考える力

 

発想力

 

数え上げればきりがありません。

 

それが今の常識です。

 

プレーパークをつくると言っても

 

子どもにとって遊びが大切であるということに

 

反論はないのはそういうことです。

 

そこでの遊びは

 

子どもが育つ多種多様なツールの1つになっているわけです。

 

 

 

 

 

 

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