総会終了、新しいミッションの検討に入ります

  • 2019.06.14 Friday
  • 06:50

昨日、無事総会が終了いたしました。

 

全ての議案は了承いただきました。

 

新しい役員体制でスタートします。

 

詳細は後日、HPでアップいたします。

 

そして、来週は新年度最初の理事会です。

 

事業課題の確認を行っていきます。

 

また、今年度は私たちのミッションを作り替えたいと思います。

 

現在、3つのプレーパークと

 

居場所づくり事業を実施しています。

 

現在のものが

 

そぐわない面もありますので

 

皆で考え

 

検討していきたいと思います。

 

「安定は衰退のはじまり」を念頭に

 

更に更に、前に前に進みたいと思います。

川名ゆうじ議員3月20日のブログについて

  • 2019.06.05 Wednesday
  • 12:00

武蔵野市議会 川名ゆうじ議員の少し前のブログに

 

プレーパークのことが出ておりました。

 

これは私が市民会館での集まりに呼ばれ

 

お話しさせていただいた時に

 

川名議員が来られていて

 

その時の私の話しを記事にしたものです。

 

学校で行われる様々なこと

 

それに子どもたちは疲れているという実感。

 

遊び場に来る子の中に

 

ぼーっとしていたいのかなという子が多くいて

 

誰もが元気よく遊ぶわけではないことなどを

 

全体の話しの中の一部でお話しさせていただきました。

 

記事の最後に「具体策が出てこないのが、もどかしい」とありますが

 

そんなこと言わずに

 

考えてもらいたいものです。

 

学校と家庭の間にある

 

子どもたちの居場所。

 

そういった場所を

 

プレーパークに限らず

 

様々な事業として行っていくことが

 

今、求められていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

総会のお知らせ

  • 2019.06.04 Tuesday
  • 08:21

13日(木)境冒険遊び場公園管理棟(ののプレハウス)にて​

 

総会を開催いたします。

 

正会員の皆様、是非出席いただきますようお願いいたします。

 

私たち特定非営利活動法人プレーパークむさしのは会員組織です。

 

一人でも多くの方が加入していただくことで

 

活動の力になります。

 

当日は昨年度の事業報告・決算報告の他

 

今期の活動についてもご説明いたします。

 

事業主旨に賛同していただける会員は随時募集しております。

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その8

  • 2019.05.23 Thursday
  • 08:21

念仏のように

 

「子どもにとって遊びは大切」

 

「子どもは遊びで育つ」と

 

言い続ければ良い時代は終わりました。

 

したり顔で遊びの効用を話すのは

 

止めにしたい。

 

子どもの立場にたって考えたとき

 

大人からの

 

「脅し」が

 

こんなに多い時代

 

「遊び」ですら、その仲間入りになりました。

 

生きづらさは年々深刻になります。

 

地域で子どもを見守りながら

 

子ども自身を

 

見ていく

 

子どもの遊びの姿だけにとらわれることなく

 

子どもの存在を受け入れていく

 

プレーパークは

 

子どもたちの日々のフィールド

 

自由に過ごせる場

 

大人は

 

「こんにちは、また来たね」

 

「そのままでいいよ」

 

「大丈夫だよ」

 

と。

 

そのことの価値は

 

今一番高いと思います。

 

(おしまい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その7

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 08:17

そもそも

 

「遊び」という言葉には、各国でいろいろな意味があります。

 

ホイジンガ(ホモ・ルーデンス)にある通り

 

日本語の「遊び」には

 

いわゆる遊ぶこと以外に

 

緊張の緩み

 

娯楽

 

暇つぶし

 

気晴らし

 

賭け事

 

無職

 

などの意味の他

 

興味深いのは

 

車輪と車輪の間の限られた動き

 

いい加減にごまかしながらすること

 

茶の湯では讃える言葉として使われます。

 

何か説明のつかないような

 

いい加減ではあるけれど

 

意味もある

 

というようなものとして使われてきたのかもしれません。

 

そんな説明のつかないものに

 

大人が意義や意味を見出し

 

一つの方向性を決めること

 

今の世の中ではよくあることです。

 

それには実が意味があって

 

子どもには必要だ

 

それをやらないと大人になって

 

大変なことになるんだぞ〜

 

というやつです。

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その6

  • 2019.05.18 Saturday
  • 08:28

ちょっと視点を変えて

 

それでは

 

「子どもにとって遊びが大切」

 

「子どもは遊びで育つ」

 

 

プレーパークを作る際に

 

自治体、行政に響く言葉になっているのか?

 

ということを考えてみたいと思います。

 

私の経験では

 

かなり難しい気がします。

 

もちろん、日本は広いので

 

そのことに対して

 

自治体、行政がお金を出してくれるところもあるのかもしれませんが

 

あまり多くないのではないでしょうか。

 

何故か?

 

子どもにとって「良いもの」はたくさんあり

 

「遊び」だけにお金を出せないからだろうと思います。

 

また「遊び」という

 

実態がわかりづらく

 

その結果の効用も、さらにわかりづらいということも

 

影響していると思います。

 

どちらかと言えば

 

「子どもにとって遊びが大切」

 

「子どもは遊びで育つ」は

 

行政より

 

企業が

 

その可能性を検討する時代になっているのではないでしょうか?

 

ある種のエリート養成は

 

スポーツや塾と同様に

 

ビジネスチャンスになりえるからです。

 

私は企業が悪いと言っているわけではありません。

 

私自身も自営業ですからね。

 

ただ

 

子どもの遊びということが

 

教育熱心な親の層に響くことは明白です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その5

  • 2019.05.16 Thursday
  • 08:53

ことしの4月から

 

吉祥寺東町しょうらい公園での

 

プレーパークがスタートしました。

 

そこで感じるのは

 

遊び場を理解していただける方の多さです。

 

こんな遊び場はいらない!

 

子どもは勉強していればいい!

 

なんて声はありません。

 

「子どもには多種多様な体験・経験が必要である」

 

ことを

 

多くの大人が理解しているからだろうと思うのです。

 

その中で感じること。

 

そうなのに

 

大人の理解はあるのに

 

なにか

 

過ごしづらい

 

息苦しさを感じます。

 

以前見た

 

道遊び(道路を自由に使って遊ぶイベント)

 

にも同様のものを感じました。

 

大人の目の中で

 

子どもが遊ぶ姿

 

それは自主的でないわけではなく

 

それぞれは楽しく遊んでいるけれど

 

でも

 

息苦しい

 

それは

 

本当に

 

子どもにとって

 

幸せなことなのだろうかと。

 

言えば

 

「子どもは遊びで育つ」

 

「子どもにとって遊びは大切」

 

 

本当に子どもにとって幸せなことなのだろうかと

 

思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その4

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 08:28

遊びの大切さを訴える方々は

 

遊びは他のものと同列ではなく

 

子どもにとって何よりも大切なもの

 

いわば上位に位置するものだと言うかもしれません。

 

私から見れば

 

どちらでもたいして変わりませんが

 

まあ

 

そういうものと仮定してみましょう。

 

「子どもは小さい頃から

 

思いっきり遊ぶことが大切

 

そうすれば

 

大人になった時に…」

 

どこかで聞いたフレーズです。

 

「〇〇すれば大人になって苦労しない」

 

書店の子どもコーナーで見かける

 

「エリートの子を育てる〇〇のコツ」

 

「3歳までにやっておくべき〇〇個のルール」とか

 

そういう類の

 

親脅し本です。

 

子どもにとって遊びは大切は

 

時代の流れの中で

 

そのように理解され始めているのではないかと思うわけです。

 

 

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その3

  • 2019.05.13 Monday
  • 15:46

私は、遊びの大切さが理解されているから

 

もう遊びは大切と言わなくて良いと言っているわけではありません。

 

何故遊びの大切さが理解されるようになってきたのか?を考えることが大切です。

 

先日まで

 

武蔵野市のみどりの基本計画の策定委員を務めさせていただきました。

 

そこでの話し。

 

ある委員さんの発言。

 

「みどりの大切さは、大人になってからでは遅すぎる

 

子どもの頃から、緑を知り、親しむことが大切」

 

更には

 

「小学校でそういう授業をやってはどうか」と。

 

他の委員からの反論は無し。

 

つまり、正論なわけです。

 

これが現実です。

 

遊びだけしか見ていないとわからないことですが

 

子どもたちの置かれている状況は大きく変わっています。

 

そこでは

 

「子どもに〇〇を体験させることは大切だ」という大きな流れと

 

更には

 

「それを自主的に考え、行動できること」の大切さが謳われます。

 

勉強だけでなく

 

農業

 

経済

 

社会

 

政治

 

更には

 

会議

 

ディスカッション

 

自ら考える力

 

発想力

 

数え上げればきりがありません。

 

それが今の常識です。

 

プレーパークをつくると言っても

 

子どもにとって遊びが大切であるということに

 

反論はないのはそういうことです。

 

そこでの遊びは

 

子どもが育つ多種多様なツールの1つになっているわけです。

 

 

 

 

 

 

あたりまえを疑う・子どもの遊びについて・その2

  • 2019.05.10 Friday
  • 08:52

まず

 

「子どもにとって遊びは大切であるか?」

 

という問いに

 

今の世の中はどう反応するのでしょうか。

 

「子どもは親のいうことを聞いていれば良い」

 

とか

 

「勉強第一だ」

 

という親や大人は

 

かなり少数だと思います。

 

つまり

 

「子どもにとって遊びは大切である」

 

ということは

 

既に多くの人に認知され承認されている言葉だと

 

思うわけです。

 

今朝もNHKでやっていました。

 

子どもの食育のための

 

料理教室。

 

子どもの自主性を大切にして

 

指導したりせず

 

先生はアドバイスするのみ。

 

「食育を通して子どもの自主性を育みます」

 

といったところでしょうか。

 

どちらにせよ

 

「子どもにとって遊びは大切である」は

 

世の中への一石を投じる言葉になっていた時代は終わり

 

「そうだね〜遊びは大切だよね〜」

 

という時代に変わってきているという認識が大切ではないかと思います。

 

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM